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サレンダーのあとに

更新日:10月9日



すべてを手放し、タントリックヒーリングを再開します

今年の2月27日、私は大腸がんで緊急入院しました。

そして9月24日、約6ヶ月間の入院生活を終えて、退院しました。

この6ヶ月間に、全身麻酔の手術を3回受けました。

その間、仕事をすることもできませんでした。

これからも以前と同じように働くことは難しい状況です。


そして、29年間一緒にいた妻とも離婚することになりました。

長年暮らしてきた家も、売ることを決めました。

こうして書いてみると、かなり大きな出来事が一度に起きたように見えます。

実際、その通りなのだと思います。

でも、今の自分の感覚では、

「いろいろなものを失った」

という感じとは、少し違います。

むしろ、

「自分が握りしめていたものを、一つずつ手放すことになった」

そんな感覚があります。


医療を信頼していなかった私が、病院へ行った

私は、もともと医療に対して強い信頼を持っていたわけではありません。

どちらかというと、伝統医療や代替医療に興味があり、自分なりに健康について考え、自分なりの健康法を実践してきました。

それまで大きな病気をしたこともありませんでした。

だから、

「自分は健康について、それなりにわかっている」

という気持ちもあったと思います。

COVID-19をめぐる一連の出来事を経験してからは、医療に対する不信感がさらに強くなりました。

自分の中で、

「今の医療を、そのまま信じていいのだろうか」

という思いが強くなっていったのです。

そして、いつの間にか、

「医療は信用できない」

というところまで、自分の考えが固まっていました。


そんな私が、突然、病院へ行き、検査を受けました。


実はその前日まで、病院に行くという

考えは全くありませんでした。

2月25日の朝、目覚めた時に突然、

「よし、病院へ行こう。」と思いました。

まるで突然京都へ遊びに行くかのように。


行く理由も行かない理由も考えずに気づいたら 病院に向かっていました。


これまで信じてきたもの。

これまで疑ってきたもの。

自分が勉強してきたこと。

自分の健康法。

普段ならいろいろなことが頭の中を巡るはずです。

でも、私の中で不思議なことが起こっていました。


頭で考えることをやめた

「こっちが正しい」

「これは間違っている」

「こうしたほうがいい」

「いや、これはやらないほうがいい」

そんなふうに、頭で答えを出そうとしていたものが、急にどうでもよくなったのです。

何かを決断したという感じではありません。

「もう、いいや」

という感じでもありました。

そして、

「今起きていることに、そのまま身を委ねよう」

という感覚になりました。

これを言葉にするなら、

「サレンダー」

という言葉が一番近いと思います。

自分の人生を、自分の頭でコントロールしようとすることをやめる。

自分の考えにしがみつくことをやめる。

「こうでなければならない」というものを、一度手放す。

そして、目の前で起きていることを受け入れる。

そんな感覚でした。

検査の結果大腸がんでした。

緊急入院です。

今振り返ると、2月25日に起きた一番大きな出来事は、

がんになったことではなかったのだと思います。

それまでの自分の「こうあるべき」が、突然、崩れたこと。

それが大きかったのだと思います。

そこから、いろいろなものが変わっていった

その後、3回の手術を受けました。

6ヶ月間、それまでの日常生活から離れました。

そして、これからは以前と同じ生活を続けることが難しい状況になりました。


29年間一緒にいた妻とも、離婚することになりました。

そして、家も売ることにしました。

長く暮らしてきた家です。

もちろん、いろいろな思いがあります。

そこには29年間の生活があります。

楽しかったこともあれば、苦しかったこともあります。

思い出もたくさんあります。

だから、

寂しさもあります。

悲しさもあります。

でも、その一方で、

「もう、手放していいんだ」

という感覚もありました。


これまでの自分だったら、

「なんとかして守らなければ」

「なんとか元に戻さなければ」

と思ったかもしれません。

でも今回は、少し違いました。

「そうなったのなら、それを受け入れてみよう」

という感覚がありました。


「正しいもの」を探さなくなった

この6ヶ月間を通して、もう一つ大きく変わったことがあります。

それは、

何かを否定することが少なくなったことです。

以前の私は、医療に対して否定的でした。

自分が信じる健康法があり、それとは違うものに対して、

「それは違う」

と思っていた部分がありました。

でも、自分自身が病気になり、病院に入り、手術を受けてみて、

「そもそも、どちらが正しいとか、どちらが間違っているとか、そんな単純な話ではないのかもしれない」

と思うようになりました。

医療もある。

伝統医療もある。

代替医療もある。

それぞれに、それぞれの役割がある。


社会もそう、人もそうです。

自分と違う考えを持っているからといって、その人を否定する必要もない。

自分が正しいと思っているからといって、それ以外を否定する必要もない。

すべてを一つの答えにしなくてもいい。

そんなふうに思うようになりました。

二元論から解放されたとも言えるかも知れません。


タントリックヒーラーとしての10年間

私は約10年間、タントリックヒーラーとして活動してきました。

その間、多くの方の身体に触れ、エネルギーを感じ、その人と向き合ってきました。

でも、正直に言うと、

「これは本当に素晴らしいヒーリングができた」

と、自分自身が心から満足できたセッションは、それほど多くありません。

もちろん、セッション中はクライアント様に集中しています。

その人のことだけを考え、その人の状態を感じながら、できることをしていきます。

でも、もっと深いところを見ると、そこには「自分」がいました。

「良い結果を出したい」

「クライアント様に喜んでもらいたい」

「また来てもらいたい」

「リピーターを増やしたい」

「ヒーラーとしてもっと認められたい」

「名前を広めたい」

そんな気持ちです。

それを否定するつもりはありません。

人を助けたいと言いながら、認められたいと思っている。

仕事としてやっている以上、当然の気持ちでもあります。


でも、タントリックヒーリングというものを考えたとき、

この「良い結果を出したい」という気持ちが、実はヒーリングの邪魔をしているのではないか。

私はずっと、そんなことを感じていました。

「我」がヒーリングに悪影響を及ぼす

ヒーリングでは、ヒーラーが何かを「起こそう」とすると、そこに「我」が入ります。

「もっと深くしてあげたい」

「もっと良くしてあげたい」

「この人を変えてあげたい」

そう思った瞬間、

「自分が何かをする」

という構造になってしまいます。

でも、本当に深いところで起きることは、ヒーラーが力づくで起こすものではない。

私はそう感じています。

ヒーラーができることは、

ただそこにいること。

感じること。

開いていること。

そして、起きていることを邪魔しないこと。

その人の中にあるものを、こちらが勝手に動かそうとしないこと。

それが大切なのだと思います。

私は10年間、それを頭ではわかっていました。

でも、

頭でわかっていることと、自分自身が本当に手放せることは違います。


「我」が少しずつ溶けていった

今回の病気を経験して、私は自分の人生をコントロールできなくなりました。

病気も、自分では選べませんでした。

手術も、自分の思い通りにはなりません。

仕事もできなくなりました。

結婚生活も終わりました。

家も手放します。

これからどうやって生きていくのかも、以前のようには見えません。

つまり、

「自分の人生をこうしたい」

と思っても、その通りにはならない。

そんな状況になりました。

そして、その中で、

「自分が何とかしなければ」

という力が、少しずつ抜けていきました。

それと一緒に、

「こうしたい」

「こうなってほしい」

「こうあるべき」

というものも、少しずつ薄くなっていきました。

それは、今回の病気が私に何かを教えてくれた、というような単純な話ではありません。

病気になった意味が何なのか、私にはわかりません。

ただ、

この6ヶ月間を通して、自分の中の「我」や「執着」が、確実に少なくなった。

それは、自分自身ではっきり感じています。


だから、もう一度タントリックヒーリングを始めます

9月24日に退院しました。

そして、これから少しずつ、タントリックヒーリングを再開します。

でも、以前の自分に戻るつもりはありません。

10年前に始めたときの自分でもありません。

病気になる前の自分でもありません。

6ヶ月間、いろいろなものを手放した後の自分として、もう一度始めます。

以前の私は、

「良いヒーリングをしよう」

と考えすぎていました。

でも、今は少し違います。

むしろ、

「良いヒーリングをしようと力まない」

ことが大切なのではないかと思っています。

結果を出そうとしない。

自分を良く見せようとしない。

クライアント様を変えようとしない。

「自分が何とかしてあげよう」としない。

ただ、その人の前にいる。

その人を感じる。

その瞬間に起きていることを感じる。

そして、必要なことが起きることを信頼する。

それだけです。

何かを足すのではなく、手放していく

これまで私は、ヒーラーとして成長するためには、

もっと勉強しなければ。

もっと経験しなければ。

もっと技術を高めなければ。

もっと良い結果を出さなければ。

そんなふうに考えていたのだと思います。

でも、今は少し違います。

もしかすると、これから必要なのは、

何かを足すことではなく、余計なものを手放すことなのかもしれません。

「良いヒーラーになりたい」という気持ちさえも手放す。

「結果を出したい」という気持ちも手放す。

「認められたい」という気持ちも手放す。

そうすると、残るものは何なのか。

私は、これからそれを実際のヒーリングの中で感じていきたいと思っています。


何も否定しない

病気になる前の私は、

「これは正しい」

「これは間違っている」

ということを、今よりもずっと気にしていたと思います。

医療についても。

健康についても。

人についても。

社会についても。

そして、自分自身についても。

でも今は、

「そういう考え方もある」

と思えることが増えました。

だからといって、何でも信じるわけではありません。

何でも受け入れればいい、ということでもありません。

必要なときには、自分で選択することも必要です。

ただ、

否定することと、選ばないことは違う。

そのことが、少しわかってきたように思います。

自分には自分の選択がある。

相手には相手の選択がある。

医療には医療の役割がある。

別の方法には別の役割がある。

そのすべてを無理に一つにまとめる必要はない。

その中で、自分にとって必要なものを選んでいく。

そして、選んだ結果さえも、必要なら手放していく。

それが、今の私にとっての「バランス」です。

サレンダーのあとに

この6ヶ月間で、私はたくさんのものを手放しました。

健康への自信。

これまで持っていた医療への考え方。

仕事。

29年間続いた結婚生活。

住み慣れた家。

そして、

「こうでなければならない」

という思い。

まだまだ手放せていないものはあります。

これからも、執着することはあると思います。

でも、それでいいのだと思います。

執着してはいけない、と思ってしまったら、

それもまた一つの執着になるからです。

「ああ、今、自分は握りしめているな」

と気づいたら、

少し手を緩めてみる。

そして、

「まあ、いいか」

と委ねてみる。

今は、そんなふうに生きています。

新しい自分として

2月25日から9月24日まで。

約6ヶ月。

長かったような、あっという間だったような、不思議な時間でした。

この期間に起きたことを、私はまだ完全には理解していません。

これから時間が経って、初めてわかることもあるのだと思います。

ただ一つ、今の私が感じていることがあります。

それは、

私は以前と同じヒーラーではない。

ということです。

だから、以前と同じようにタントリックヒーリングを再開するのではなく、

今の自分として、もう一度始めてみたいと思います。

何かを証明するためでもなく。

誰かに認めてもらうためでもなく。

「良いヒーラー」になろうとするためでもなく。

ただ、その人の前にいる。

その人を感じる。

起きていることを受け入れる。

そして、必要なことが起きることを信頼する。

そんなところから、もう一度タントリックヒーリングを始めます。

6ヶ月間で、たくさんのものを手放しました。

そして今、残っているものは、

以前よりもずっとシンプルです。

「ただ、ここにいる。」

それだけなのかもしれません。

この新しい感覚で、

私はまた、タントリックヒーリングの場に戻ります。 このような経験を経て、ヒーリングに対する姿勢にも大きな変化が あったことを理解していただけるクライアント様と真摯に向き合ってまいります。




他にもここではお伝えできない大切な気付きがありました。 ご縁をいただいた方にヒーリングの現場でお伝えしてまいります。





 
 
 

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